は御希望のとおり美人かもしれません」
すると伯爵は顔を赭《あか》くし、
「いや、美人不美人を問題にしているのではありません。あの名画を、君が賊から取戻す見込みがあるかどうか、そのところを知りたいのです」
と、ごま化した。
「さあ、そのことですが、今まで調べて分ったところを綜合して考えてみますのに……」
と袋探偵は鼻をくすんくすんと小犬の様《よう》に鳴らし、それから突然胸を張って深呼吸を一つすると「……これは実に変った事件ですぞ。これまでの世界犯罪史の中に、全然先例を見ない新鮮にして奇怪なる事件ですな。ですから警察なんかの手に委《ゆだ》ねておいては、いつまで経っても犯人を探し出してくれんです。実に記録的なる怪々事件ですな」
袋探偵は、急にこの事件の重大性を力説し始めたのである。
「それはたいへんだ。すると犯人は猛烈に凄い奴ですね。少くともルパン級。いや、もっと上のスーパー・ルパン級の悪人ですか。困ったなあ、あの生命にも替えがたい名画『カルタを取る人』は遂に永遠に僕の手に戻りませんかねえ」
「そうかもしれませんが、そうでないかもしれません。まあしばらく、私にこの事件をお委せ下さい。一週間のうちに解決しなかったら、天下の何人といえども、この事件を解決し得ないのです。しからば今日はこれにて失礼します。いや、明日より一日に一度は御連絡申上げますから……」
そういって袋探偵は引揚げていった。
美術商来邸
探偵の引揚げていったその後へ、美術商の岩田天門堂が、伯爵を訪ねて来た。
伯爵は、その後、誰にも会わないつもりだったが、岩田は美術商であるから、彼は盗まれた名画の行方について既に何か聞きこんで居るのではないかと思ったので、岩田だけには会うことにした。
天門堂主人は、例の如くちぐはぐな恰好で伯爵の書斎へはいって来た。羽織袴《はおりはかま》といういでたちながら、口髭と丸く刈りこんだ頤髯《あごひげ》を頤の下に蓄え、頭はきちんとポマードで固めて、茶色の眼鏡をかけている。
「これは、御前《ごぜん》。御機嫌にわたせられ、恐悦至極《きょうえつしごく》に存じます、はい」
直角以上に腰を曲げて見せる。
「ふふん。今日は機嫌がよくないのだ」
伯爵は、すねたような声を出す。
「あれッ、これは意外なるおん仰せ。何ごとが御前の機嫌を損じましたか、その次第を――ほほう、これ
前へ
次へ
全14ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング