は変った絵をお架《か》けになりましてございまするな」
さすがに美術商よと讃《ほ》むべきであるが、岩田天門堂は、話の途中で壁間の画を一目見ると愕《おどろ》きの声をあげた。
「君にも分るかね」
伯爵は、情けない声で訊《き》いた。
「分りますどころか、実に珍なる画でございまするな。御前はこの画をどこで手においれになりました。また、ここにお架けになって居りますのは、如何なる洒落《しゃれ》でござりまするか」
「無礼なことをいうね、君は」と、伯爵の額には青筋が太く出た。
「いや、これは御無礼を。平頭陳謝仕りまする。しかし正直なところ、鈍なる天門堂には皆目わけが分りませんので。御前より御説明を承りますれば、まことに幸《さいわ》い……」
そこで伯爵は顔色を和《やわら》げて「カルタを取る人」の盗難とその入れ替えにこの怪画が残してあったことを物語った。
聞いている岩田天門堂は、さかんに愕きの声を洩らし、御前をも憚《はばか》らず頤髯をひっぱり、果ては舌打ちまでした。
「とんだひどい奴があった者でございますね。盗んで行くなら盗んで行くで、そっくり持って行けばいいものを――いや、これは失言でございました、どうぞ御勘弁を――つまらんものを残して行くなんて、まことに人を莫迦《ばか》にした泥坊の仕打でございまするな。手前如きでさえ、この画を見るとむかむかとしてまいります。ああ。気持が悪い。なんという侮蔑《ぶべつ》、なんという愚弄《ぐろう》、いや、御前もさぞ御気持の悪いことでございしょう。お察し申上げまする」
と天門堂はしげしげと伯爵の顔を見て云ったものである。伯爵の顔は悄然《しょうぜん》たる顔から、憤然《ふんぜん》たる顔に移行した。
「全く不愉快だ。おい天門堂。この絵を片付けてくれ。そうだ、庭へ持出して、焼いてしまってくれ。なに構わんから」
「焼き捨てろと仰有《おっしゃ》いますか。それはまことに――いや、御立腹《ごりっぷく》はご尤もであります。御下命《ごかめい》によりまして早速お目通りからこの珍画を撤去いたしまするが、しかし御前、お焼き捨てになりまするなら、どうか天門堂へ適当なる価格をもって御払い下げ願わしゅう存じます、はい。勉強いたして頂戴いたしまする」
岩田は、懐中から大きな財布を出して、その上をぽんと叩いた。
「なんだ。お前も変っているな。とんでもない模写のニセ名画を買い取って、
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