すり替え怪画
烏啼天駆シリーズ・5
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)志々戸伯爵《ししどはくしゃく》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)何番|煎《せん》じかの出がらし
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ルパン式盗難
その朝、志々戸伯爵《ししどはくしゃく》は、自分の書斎に足を踏み入れるや、たちまち大驚愕《だいきょうがく》に襲われた。
それは書斎の壁にかけてあったセザンヌ筆の「カルタを取る人」の画に異常を発見したためである。
零落した伯爵の今の身にとって、この名画は、唯一の宝でもあったし、また最高の慰めでもあったのだ。この名画ばかりは、いくら商人から高く買おうといわれても、いつもはっきり断った。
画面は、場末の酒場で、あまり裕《ゆた》かでない中年の男が二人、卓子《テーブル》に向いあって静かにカードを手にして競技をつづけている。右側の男は、型の崩れた労働帽をかぶり、角ばった頤《あご》を持ち、そして自分が手番らしく熱心に手の中のカードを見つめている。左の男は、山高帽に似て、いやに中の高い帽子をかぶり細面で、パイプをくわえ、やはり手の中のカードを見ている。このとおり、何でもない場面を描いてあるのだが、伯爵としては、この二人の気楽さと法悦にひたっていることが非常に羨《うらやま》しく、そして心の慰めとなるのだった。だから、欧洲で蒐集《しゅうしゅう》した多くの画はだんだん売って売り尽しに近くなったが、この一枚だけは手放さなかったのだ。
それほど伯爵にとって価値高きこの名画を、伯爵は朝起きるとすぐに書斎へはいって眺めるのを一日中の最大の楽しみとし、またその日の最初の行事ともした。
ところが、その日の朝、伯爵はこの部屋にはいると、名画の中の二人へ朝の挨拶がわりに横眼でじろりと一眄《いちべん》した瞬間、異常を発見したのであった。
「ばかな。そんなことがあってたまるものか。僕の眼がどうかしているんだろう」
伯爵は、一旦発見したものを打消しながら、その名画の向い側においてある肘掛椅子《ひじかけいす》のところまで歩いていって、くるっと廻れ右をして椅子に腰を下ろした。そして画面をもう一度しっかり見直したのである。
電気のようなものが、頭から背筋へ走った。
「あッ。この画はへんだ」
名画「カルタを取る人」の画面に異状があるのだった。伯爵は
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