、毎日この名画に見なれているので、すぐ気がついた。この異状というのは、カードを持った右側の人の横顔がちがっている。型の崩れた帽子の下から出ているはずの耳が、今見る画にはない。つまり耳が帽子の中に隠れてしまっているのだ。
 そしてこの人の顔つきも、たしかに変っている。平和な顔つきが、どぎつい神経質な顔つきになっている。それから驚いたことに、この右側の人物はパイプをくわえている。パイプをくわえているのは、左側の人物だけであったのに、今こうして見る画面では、二人ともパイプをくわえている。
「なんということだ」
 伯爵は、思わず呟《つぶや》いた。
 それから左側の人物をしげしげと眺めた。この人物も、たしかに顔つきが変っている。面長な顔が、かなり円味を帯びている。そして手にしているカードの数がすくない。
 まだある。椅子の下に、画面の二人の膝が出ていなくてはならないのに、今見る画面においては、そこが塗りつぶされたようになっていて、二人とも膝がない。そのかわりとでもいうか、卓子《テーブル》の上には、余計なコップが一つある。
「一体これはどういうわけだ」
 伯爵は、いくども目をこすって、画面を見直した。いくら見直しても同じことであった。
「ふしぎなこともあればあるもの」
 伯爵は、椅子から立って書棚のところへ行き、それからドイツで印刷された名画集の大きな本を抱えて戻ってきた。椅子の上で、そのページを繰《く》った。セザンヌの「カルタを取る人」の原色版印刷が出て来た。それと、壁にかかっている画面とを見較べると、いよいよ相違がはっきりしてきた。色調も、なんだか違うようである。これは一体どうしたわけであるか。
 ふと、伯爵の脳裡に、電光の如く閃《ひらめ》いたものがあった。
「ははア。さては……」
 伯爵は立って、画のそばに近づいた。それから額縁を裏返しにして、急いで調べた。画を額縁にとめてあった釘がぬけていた。
「ふーン。やっぱりそうか。盗まれたんだ。そして賊は、原画のかわりに、この模写の画を入れていったのだ。ふざけた奴だ。僕をこんな愚劣な模写ものでごま化《か》すつもりなんだ。なんという憎い奴だろう」
 伯爵は、蒼くなり、また赤くなった。
 名画を盗んで、そのあとに模写画を入れて置く。そうすれば、何も盗まれなかったように見せかけられるアルセーヌ・ルパンが発明した妙手だ。その妙手を模倣した
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