かけた肥満漢であった。姓名は、そのさしだした名刺によると、「袋猫々《ふくろびょうびょう》」と印刷してあったが、これは本名なんだか、または商売名前なんだか、伯爵には見当がつかなかった。
「ちょっと承《うけたまわ》りましたが、実に前代未聞の奇々怪々なる事件ですな」
と、袋探偵は猫背を一層丸くしながら、伯爵のうしろについて、書斎へはいって来た。
「ははあ、この油絵が、それですか。なるほど、なかなか渋い名画ですな。いや、この絵のことじゃありません。この原画のことを申したのです」
探偵は巧みに胡魔化《ごまか》しをいうた。
「なるほど、釘が二本抜けていますな。名画のあとへ、こんな怪画を入れて行くとは、けしからん犯人です。必ず犯人をつきとめて御安心願うようにします。盗難のあった前夜のことから詳しく話していただきましょう」
探偵は熱心に伯爵の話を聞き、そして鋭い質問を連発した。
「なにしろ御承知のように零落して居りまして、雇人と申しては年とった小間使お種《たね》と、雑用の爺や伝助《でんすけ》とだけです。僕は毎夜この書斎で画を見て、その後で自分で入口の扉に錠をかけて寝室に引込むのです。その前夜も、もちろんそうしました。そしてたしかにそのときは本物の『カルタを取る人』の画が額縁にかかっていたのです」
伯爵は、探偵に詳しく前夜から事件を発見した朝までのことを説明した。
それによって、探偵は家中を調べ、雇人について正したが、その結果分ったことは、伯爵は嘘をついているのではない、雇人たちもこの犯罪に関係していない、賊が忍びこんだところは調理室の窓からであって、そこには有り得べからざるところに犯人のゴム靴の足跡がかすかに残り、また棚のところには犯人の手袋の跡が残っていた。そして犯人は二人組らしく、そのうちの一人は女であると推定され、而《しか》も髪の毛がやや赤いところから、色は白く、髪をポケット顕微鏡で観察し、試験薬品で処理した結果、年齢は四十歳に近い大年増の女である。これが袋探偵がその場で知り得たところの諸点だった。
「賊は二人組で、そのうちの一人は大年増の女だというんですか。しかも色の白い女で、美人なんですか」
伯爵は、探偵からそれを聞かされると、そういって目を丸くした。
「ちょっと待っていただきます。私は今、美人とは申しませんでした。もっとも、不美人だとも断定できません。あるい
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