尿をやめて背後を振りかえった。
「……」
そこに予期した人影が、不思議にも見当らなかった。ただ――それから一町ほど先で、カチリと金属の擦《す》れあう疳高《かんだか》い音響が聞えた。
「な、なんだろう――今のは?」
通り魔か? 通りすぎた気配だけあって、姿のない怪人! 生命の満足に残ったのが虎松にとって大きな倖《しあわせ》だったといえる。虎松は雪駄《せった》を帯の間に挿むと、足袋跣足《たびはだし》のまま、下町の方へドンドン駈け下りていった。
「やあ、そこへ行くなあ親分じゃございませんか」
虎松はギョッとして暗闇に立ち止ったが、提灯《ちょうちん》の標《しるし》を見て安心した。
「ほう、三太か。……いま時分何の用だ」
「へえ、これはよいところでお目に懸りやした。実はお上《かみ》からのお召しでござります。なんでも、今宵辻斬天狗が大暴れに暴れとりますんで……。それにつきまして、これから帯刀様御邸へお迎えに出るところでござりました」
「そんなに暴れるのか」
「伺いますと、正に破天荒《はてんこう》。もう今までに十四、五人は切ったげにござりまする」
「ほほう、十四、五人もナ?」
「さようで。――
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