遺憾ながら、私めにはまだ相分りませぬ」
「うん。これからはもう身軽いそちの身体じゃ。早く赴《おもむ》いて、早く引捕えい。――」
早く赴いて、早く引捕えい……か――と虎松は帯刀の邸を出る途端に、その言葉が舌の上に乗ってきた。早く赴いて、早く引捕えられるものなら、帯刀自身で出馬してもらいたいものであると思った。それにしても、あの狸親爺め、よく五年で捜索打切を声明したものではある。……
「うん、こいつは読めた。――」
そういった虎松の脳裏には、帯刀の娘お妙と千田権四郎との花嫁花婿姿がポーッと浮びあがった。あれが両人を晴れて娶合《めあ》わせるキッカケだったんだ。
疑問の殺人鬼
五ヶ年の間、帯刀の遠謀で保留されていたお妙の婿取りは、果して間もなく盛大にとり行われた。虎松も招ばれて末座《まつざ》に割のわるい一役をつとめさせられたが、お開きと共に折詰を下げてイの一番に帯刀の邸をとび出した。彼は外に出ると、あたりを見廻した上で、塀に向ってシャアシャアと長い尿をたれた。
「オヤ、誰だッ――」
誰も居ないと思った虎松の背後を、スーッと人の通りぬける気配がした。彼は吃驚《びっくり》して
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