《しゅっぽん》してしまった。その原因は誰にも分りすぎるほど分っていた。それはかの帯刀の愛娘《まなむすめ》お妙《たえ》に失恋したためだった。その失恋も単純な失恋ではなく、人もあろうに、半之丞と同じ若侍の千田権四郎《せんだごんしろう》という武芸こそ家中第一の達人であるが、蛮勇そのもののようなむくつけき猪武者にお妙を取られた形とあって、センチメンタル派の半之丞は失意と憤懣やるせなく、遂に一夜、どこともなく屋敷を出ていったのであった。
 お妙の父帯刀は、どっちかというと半之丞のような柔弱な人物を好いてはいなかった。しかし亡友の遺児であってみれば捨てて置くことは世間が蒼蠅《うるさ》かった。それで岡引の虎松に命じて探索させたのだがどうも分らない。この上は世間の口の戸を立てるために、毎年半之丞出奔の日が巡《めぐ》ってくると、華やかに虎松を呼びつけて、過去一年間の捜索報告を聞くことにしたが、例の思惑からして、虎松に対しては非常に厳重な尋問態度を改めなかった。さてこそ虎松は、捜索上の不運を慨《なげ》くよりも前に帯刀の辛辣《しんらつ》なる言葉を耳にするのを厭《いや》がっていたのであった。――
「虎松。――
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