近こう近こう」
頭に半白《はんぱく》の霜《しも》を戴《いただ》いた帯刀は、胴丸の火鉢の縁《ふち》を撫でまわしながら、招かんばかりに虎松に声をかけた。――虎松はじっと一礼して、二、三尺近よっては平伏《へいふく》をした。
「毎年大儀じゃのう。さて、今年の報告にはなにか確実な手懸りの話でも出るかと、楽しみにいたし居ったぞ。さあ、どうじゃどうじゃ」
虎松は一旦あげた面を、へへッとまた畳とすれすれに下げた。
「まことに以て面目次第も御座りませぬが、高松半之丞様《たかまつはんのじょうさま》御行方《おんゆくえ》のところは、只今もって相分りませぬような仕儀で……」
「なに、この一年も無駄骨だったと申すか……」
と、帯刀は暗然として腕を拱《こまね》いた。
高松半之丞というのは、帯刀から云えば、亡友《ぼうゆう》高松半左衛門の遺児で、同じ旗の本に集っていた若侍、また岡引虎松から云えば、世話になった故主《こしゅ》半左衛門の遺《のこ》した只一人の若様だった。半左衛門亡き後のこととて、虎松は陰になり日向になり、この年若の半之丞を保護してきたつもりなのに、彼はスルリと腋《わき》の下を通りぬけて、どこかへ出奔
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