込めないのです。生前《せいぜん》原稿を毎日書いていた位の男が、死ぬと急に原稿が何であるかということを知らなかったのはどうも訝《おか》しい。分らずに苦しがっていたから「原稿というのはつまり君が何時《いつ》だか書いた文章のことだ」と僕が助け舟を出してやって初めて分ったのです。その中《うち》に到頭《とうとう》友人は大分苦しがりまして、愈々《いよいよ》引込むことになりました。「まだ話があるけれども、実は僕の妻が君に逢いたいそうで待っているから、替《かわ》る」というので、振切《ふりき》るようにして友達の霊は無くなりまして、今度は細君が出て来た。忽《たちま》ち細君の声に変りまして、非常に優しい声です、やって居る霊媒はお婆さんですから、女の方がうまく行くんでしょう。「どうも生前はいろいろお世話になりました」から始まりまして(笑声)、結局最後に「何か申し残したい事はありませんか」と言ったところが、「それでは一つお願いがあります、実は品川区に私の伯母が住んで居りますが、そこの娘のチーちゃんを早く一遍《いっぺん》此処へ来て貰うように言って下さい」という頼みで別れました。その次の日でしたが、偶然品川駅の近所
前へ
次へ
全12ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング