けてきた。
 通りがかりの酔《よ》っ払《ぱら》いが、酔いもさめきった青い顔をして、次第に崩れゆく東京ビルを呆然《ぼうぜん》と見守っていた。警官にも、何事が起っているのか、ハッキリしなかったが、ただハッキリしているのは見る見るうちに東京ビルが崩れてゆくという奇怪な出来ごとだった。火災報知器が鳴らされた。ものすごい物音に起きてきた野次馬の一人が、気をきかしたつもりで、その釦《ボタン》を押したのだろう。
 その騒ぎのうちに、ビルディングはすこしずつ崩れていって、やがて大音響をたてると、月明《げつめい》の夜が、一瞬に真暗になるほど恐ろしい砂煙をあげてその場に崩潰《ほうかい》してしまった。まるで爆撃されたような惨澹《さんたん》たる光景であった。
「一体、これはどうしたというわけだ」と、駈けつけた人々は叫んだ。
「まさか白蟻がセメントを喰べやしまいし、ハテどうも合点のゆかぬことだ」
 誰も、この東京ビル崩壊事件の真相を知っている者はなかった。
 まるで夢のような、銀座裏の怪奇事件であった。


   蟹寺博士の鑑定


 東京ビルの崩壊は、崩れおちるまでに相当時間が懸ったので、幸いにも人間には死傷
前へ 次へ
全48ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング