瀟洒で、庭が比較的広く、庭木も椿とか南天とか紫陽花とかさまざまな種類が植えられていました。四畳半が茶の間で、それが玄関のあがり口にありましたが、親しい訪問客は門を入ると左側の枝折《しお》りがありましたから、そこから中の六畳に通すことにしていました。
 奥の三畳がつまり私の初めて見つけ出した理想的な書斎だったのです。その部屋は中廊下に隔てられた茶室風な離れで、押入れも床の間も廻り縁もついた立派に独立した部屋だったのです。
 私はこの三畳の部屋にひとり立て籠って妄想を逞しくしたり、雑書を乱読したりすることをなによりの楽しみにしていました。
 勿論、部屋の装飾といってはなにもありませんでした。僅かに床柱に花が投げ込まれていた位なものです。しかし床の間には竹田《ちくでん》の描いた墨絵の観音と、その反対の壁には神代杉の額縁に填められたスピノザの肖像がかかっていました。その軸も肖像も両《ふた》つながら私のながい間愛好してきたものですが、今では二ツとも手許にはありません。
 自分はそれで頗る満足して暮らしていたのでした。ただ自分の職業からくる単調さが時々私を憂鬱にした位なものでした。つまり、私には元
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