書斎
辻潤

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)枝折《しお》り
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 私は長い間、書斎らしい書斎も本箱も何も持たないことをさも自慢らしく吹聴してくらしている人間のひとりなのです。文筆生活をしていながら、未だ生まれて万年筆というものを買ったことさえないのを、さも立派な趣味ででもあるかの如く心得て暮らしている人間なのです。
 昔、私が二十歳時分の頃、小学校の代用教員に雇われて月給十五円也を頂戴している頃のこと、女の先生と机を並べてカアライルの『サルタル・リサルタス』を苦虫を噛み潰したような顔をしながら読み耽っていた時分、私は自分達が間借りをしている薄汚ない六畳一間のことを考えて、しみじみとひとりで落着いて物を考えることの出来る書斎でも欲しいと思ったことがありました。
 ある時、私はなにかのついでに職員室でそんな風なことを漠然と話したところ、みんなからすっかり嗤われてしまったのです。つまり十五円の月給をもらっている代用教員が書斎が欲しいなどというのはあまりにロマンチックな考え方で、如何にもかれらにとっては可笑しくきこえたにちがいありません。全体、書斎などを持っ
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