には緋《ひ》の毛皮を敷き、五人の車夫は大縫紋の半被《はっぴ》を着まして、前後に随《したが》いました。殿下は知事の御案内で御仮屋へ召させられ、大佐の物申上《ものもうしあぐ》る度に微笑《ほほえみ》を泄《もら》させられるのでした。群集の視線はいずれも殿下に注《あつま》る。御年は若い盛におわしまし、軍帽を戴かせられる御姿は、どこやらに国のみかどの雄々しい御面影も拝まれるのでした。まのあたり皇族の権威を仰ぎましたのは、農夫の源にとって生れて始めてのことです。殿下は大佐と馬博士とから「ファラリイス」の駒の批評を聞召《きこしめ》され、やがて長靴のまま静々と御仮屋を下りて、親馬と駒とを御覧になる。勇しい御気象にわたらせられるのですから、もう静息《じっと》していらせられることの出来ないという御有様。花火は時々一団の白い煙を空に残して、やがてそれが浮び飄《ただよ》う雲の断片《ちぎれ》のように、風に送られて群集の頭上を通る時には、あちこちに小供の歓呼が起る。殿下もたまには青空を仰がせられて、限《はて》も無い秋の光のなかに煙の消え行く様を眺めさせられました。
背後《うしろ》から押される苦痛《くるしさ》に、源
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