は人を分けて特別席の幕外へ出ました。殿下はまた熱心に馬を見給う御様子。参事官なぞは最早《もう》飽果てて、八つが岳の裾に展がる西原の牧場を望んでおりました。源は御茶番の側を通りぬけて、秣小屋《まぐさごや》の蔭まで参りますと、そこには男女《おとこおんな》の群の中に、母親、叔母、外に身内の者も居る。源の若い妻――お隅も草を藉《し》いて。
「よっぽど良い馬が来た」
と源は佇立《たたず》みながら独語《ひとりごと》のように。叔母は振り返って、
「道理だぞよ。そいッたってもなあ」
「叔母さん、宮様を拝まッしたか」
「私《わし》はなあ、橋の傍で拝みやした」
母親《おふくろ》は源の横顔を熟視《みまも》って、
「源、お前《めえ》も握飯《むすび》はどうだい。たべろよ。沢山《たんと》あって残っても困るに」
「ああ」と源は夢中の返事、胸の中には勝負のことが往ったり来たりするばかり。名誉心の為に駆られて、饑渇《うえかわ》いて、唯もうそわそわとしておりました。
「これさ。たべろよ」
という母親《おふくろ》の言葉に、お隅は握飯《むすび》を取って、源の手に握らせました。源は夢中で、一口それを頬張って、ぷいと厩の方
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