へ駆出して行って了いました。
御茶番から羽織|袴《はかま》で出て来た赤ら顔の農夫は源の父《おやじ》です。そこここと見廻して、
「源は来やせんか」と母親《おふくろ》に皺枯声《しゃがれごえ》で尋ねる。
「今、爰《ここ》に居たが、どこかへ駆走《とっぱし》っちゃった」
「彼奴《あいつ》にも困っちまう。今日は恰《まる》で狂人《きちがい》みたよう。私《わし》が、宮様へ上《あげ》る玉露の御相伴をさしたい、御茶菓子の麦落雁《むぎらくがん》も頂かせたい、と思って先刻《さっき》から探しているんだけど」
叔母は引取って、
「源さの大《いか》くなったには、私《わし》魂消《たまげ》た。全然《まるで》、見違えるように。しかし、お前《めえ》には少許《ちっと》も肖《に》ていねえだに」
「私《わし》にかえ。彼奴は私に肖ねえで、亡くなった祖父《じじい》に肖《に》たと見える。私は彼奴を見ると、祖父を思出さずにはおられやせん」
と楽しそうに話しておりますと「ファラリイス」の駒も大概《あらかた》御覧済になりましたので、御仮屋の北側に記念の小松を植えさせられました。人々は倦《う》んで了《しま》って、特別席にかしこまる官吏の
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