しておりました。中には玉蜀黍《とうもろこし》を焼いて出すもあり、握飯の菜には昆布《こぶ》に鮒《ふな》の煮付を突出《つきだし》に載せて売りました。
源の功名を貪《むさぼ》る情熱は群集の多くなるにつれて、胸中に燃上りましたのです。源の馬というのは「アルゼリィ」の血を享《う》けた雑種の一つで、高く首を揚げながら眼前《めのまえ》に人馬の群の往ったり来たりするのを眺《なが》めると、さあ、多年の間潜んでいた戦好《いくさずき》な本性を顕《あらわ》して来ました。頻《しきり》と耳を振って、露深い秋草を踏散して、嘶《いなな》く声の男らしさ。私《ひそか》に勝利を願うかのよう。清仏《しんふつ》戦争に砲烟《ほうえん》弾雨の間を駆廻った祖《おや》の血潮は、たしかにこの馬の胸を流れておりました。その日に限っては、主人の源ですら御しきれません――ところどころの松蔭に集る娘の群、紫絹の美しい深張《ふかばり》を翳《さ》した女連なぞは、叫んで逃げ廻りました。
急に花火の音がする。それは海の口村で殿下の御着《おちゃく》を報せるのでした。物売る店の辺《あたり》から岡つづきの谷の人は北をさして走ってまいります。川上から来た小
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