い秋の空気を吸うと、もう蘇生《いきかえ》ったようになりましたのです。高原の朝風はどの位|心地《こころもち》のよいものでしょう。源は直にゆうべの疲労《つかれ》を回復《とりかえ》して了いました。それに、人の気を悪くするような誇張《みてくれ》をやりたがるのが、この男の性分で、そこここと馬を引廻して、碌々《ろくろく》観相《みよう》も弁《わきま》えない者が「そいッたっても、まあ良い馬だいなあ」とでも褒《ほ》めようものなら、それこそ源は人を見下げた目付をして、肩を動《ゆす》って歩く。ところへ、馬喰の言草があれでしょう――源が微笑《にっこり》する訳なんです。
殿下の行啓と聞いて、四千人余の男女《おとこおんな》が野辺山が原に集りました。馬も三百頭ではききますまい。それは源が生れて始めての壮観《ながめ》です。御仮屋《おかりや》は新しい平張《ひらばり》で、正面に紫の幕、緑の机掛、うしろは白い幕を引廻し、特別席につづいて北向に厩《うまや》、南が馬場でした。川上道《かわかみみち》の尽きて原へ出るところに、松の樹蔭から白く煙の上るのは商人《あきんど》が巣を作ったので、そこでは山|葡萄《ぶどう》、柿などの店を出
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