者が手造《てづくり》にする不恰好《ぶかっこう》な平常穿《ふだんばき》を指したもので、醜男子《ぶおとこ》という意味をあらわしたものです。いかさま、日に焼けたその顔は――鼻付の醜《まず》さから、目の細さ加減、口唇の恰好、土にまみれた藁草履を思出させる。しかし、源も血気盛《けっきざかり》な年頃ですから、若々しい頬《ほお》の色なぞには、万更《まんざら》人を引きつけるところが無いでもない。それに筋骨の逞《たくま》しさ、腕力の勝《すぐ》れていること、まあ野獣と格闘《たたかい》をするにも堪《た》えると言いたい位で、容貌《かおつき》は醜いと言いましても、強い健《すこやか》な農夫とは見えるのでした。
功名心の深い源は、その日の競馬の催に野辺山が原附近の村々から集る強敵を相手にして、晴の勝負を争う意気込でした。最後の勝利、無上の栄誉などを考えて、昨夜はおちおち眠りません。馬には、大豆、馬鈴薯《じゃがいも》、藁《わら》、麦殻《むぎがら》の外に糯米《もちごめ》を宛てがって、枯草の中で鳴く声がすれば、夜中に幾度か起きて馬小屋を見廻りました。しかし、この野辺山が原へ上って来て、冷々《ひやひや》とした清《すず》し
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