やがて石の上に腰を掛けて、草鞋の紐《ひも》を結直しながら、書記から聞いた一伍一什《いちぶしじゅう》を話し出した。こう打開《ぶちま》けて罪人の旧悪を言立てるような調子に出られては、お隅も平気でいられません。見る見るお隅の顔色が変って来て、「線路の番人」と図星を指《さ》された時は、耳の根元から襟首《えりくび》までも真紅にしました。邪推深い目付で窺《うかが》い澄していた源のことですから、お隅の顔の紅くなったのが読めすぎる位読めて、もう嫉《ねたま》しいで胸一ぱいになる。
 しばらく二人は無言でした。
「貴方もあんまりだ」
 とお隅は潤み声でいう。源は怒を帯びた鋭い調子で、
「何があんまりだよ」
「だって、あんまりじゃごわせんか。誰から聞きなすったか知りゃせんが、今更そんな件《こと》を持出して私を責めたって……」とお隅はさもさも儚《はかな》いという目付で、深い歎息《ためいき》を吐《つ》いて、「それを根に持って、貴方は私《わし》をこんなに打《ぶち》なすったのですかい」
「あたりめえよ」
 お隅は顔を外向《そむ》けて、嗚咽《すすりあげ》ました。一旦|愈《なお》りかかった胸の傷口が復た破れて、烈しく出
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