は、老いて春先ほどの勢がない。鶉《うずら》は人の通る物音に驚いて、時々草の中から飛立つ。「ヒュヒュ、ヒュヒュ」と鳴く声を聞いては、思わず源も立留りました。見れば、不恰好《ぶかっこう》な短い羽をひろげて、舞揚ろうとして、やがてぱったり落ちるように草の中へ引隠れるのでした。
外の樹木の黄に枯々とした中に、まだ緑勝な蔭をとどめたところもある。それは水の流れを旅人に教えるので。そこには雑樹《ぞうき》が生茂《おいしげ》って、泉に添うて枝を垂れて、深く根を浸しているのです。源は馬に飲ませて通りました。
今は村々の農夫も秋の労働に追われて、この高原に馬を放すものもすくない。八つが岳山脈の南の裾《すそ》に住む山梨の農夫ばかりは、冬李の秣《まぐさ》に乏しいので、遠く爰まで馬を引いて来て、草を刈集めておりました。
日は次第に高くなる、空気は乾燥《はしゃ》いでくる、夫婦は渇《かわ》き疲れて休場処を探したのですが、さて三軒屋は農家ばかりで、旅人のため蕎麦餅《はりこし》を焼くところもなし、一ぜんめし、おんさけさかな、などの看板は爰から平沢までの間に見ることも出来ないのです。拠《よんどころ》なく、夫婦は白樺
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