お前がなんでもあの子でなくちゃならねえように言うもんだで、私が父さんへ泣いて頼むようにして、それで漸《やっ》と夫婦になった仲じゃねえかよ。お隅を貰《もら》ってくれんけりゃ、へえもう死ぬと言ったは誰だぞい。
私はお前の根性が愍然《かわいそう》でならねえ。私がよく言って聞かせるのは、ここだぞよ。お前は独子《ひとりっこ》で我儘《わがまま》放題に育って、恐いというものを知らねえからしてに――自分さえよければ他はどうでもよい――それが大間違だ、とよく言うじゃねえかよ。お前の父さんも若《わけ》い時はお前と同じ様に、人を人とも思わねえで、それで村にも居られねえような仕末。今すこしで野たれ死するところであったのを、漸《やっ》と目が覚めて心を入替《いれけ》えてからは、へえ別の人のようになったと世間からも褒められている。その親の子だからしてに、源さも矢張《やっぱり》あの通りだ、と人に後指をさされるのが、私は何程《どのくれえ》まあ口惜《くやし》いか知んねえ」
と母親《おふくろ》は仰《あおむ》きながら鼻を啜《すす》りました。
ややしばらく互に黙って、とぼとぼと歩いてまいりますと、やがて蕎麦畠《そばばたけ
前へ
次へ
全53ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング