貼《は》って、うるんだ目付をして、物を思うような様子をして、へえ前の処女《おぼこ》らしいところは少許《ちっと》もなかった。私があの子を見ると、罅痕《ひびたけ》の入った茶椀を思出すと言ったは、こういう訳でさ。君もその番人の顔が見たいと思うでしょう。なんなら大屋の停車場へ序《ついで》に寄って見給え。今でも北の踏切のところに立って、緑色の旗を出して……へへへへ」
「先生、もう沢山」
と源は銀貨をそこへ投出して置いて、鹿の湯を飛出しました。
参
さすがに母親《おふくろ》は源のことが案じられて堪りません。海の口村の出はずれまで尋ねて参りますと、丁度源が鹿の湯の方から帰って来たところで、二人は橋の頭《たもと》で行逢いました。母親は月光《つきあかり》に源の顔を透して視て、
「お前《めえ》は、まあ何処へ行ってたよ。父《とっ》さんも何程《どのくれえ》心配していなさるか知んねえだに。私《わし》はお前を探して歩いて、どこを尋ねても――源さは来なさりゃせんとばかり。さあ、私と一緒に帰りなされ」
それは静かな、気の遠くなるような夜でした。奥山の秋のことですから、日中《ひるなか》とは違いましてめ
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