賺《すか》されたりして――それから気がついて見ると、いつの間にかお隅の身体は番人の腕の中に在ったとか言うことで。子供は二人が喧嘩でもするのかと思って、烈しく泣いたということです。
間もなくお隅はこの番人と夫婦になりたいということを、人を以《もっ》て、父親のところへ言込みました。
お隅が迷いもし、恐れもしたことは、それから又た間もなく夫婦約束を取消したいと言って、父親の許《ところ》へ泣いて来たのでも知れる。お隅は小鳥です。その小鳥が網を張って待っていた番人の家へ出掛けて行って、前《さき》の約束を断ろうとすると――獣欲で饑渇《うえかわ》いた男のことですから堪《たま》りません、復たお隅は辱《はずか》しめられました。番人は手柄顔に吹聴する、さあ停車場附近では専《もっぱ》ら評判、工夫の群まで笑わずにはおりませんのでした。とうとうお隅は父親へ置手紙をして、ある夜の闇に紛れて、大屋を出奔して了いました。
父親がこの書記に見せた手紙の中には、無量の悲哀《かなしみ》が籠《こ》めてあったということです。鉄釘《かなくぎ》流に書いた文字は一々涙の痕《あと》で、情が迫って、言葉のつづきも分らない程。それは
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