な人民です。この手合が馬を追いながら生活《くらし》を営《たて》る野辺山が原というのは、天然の大牧場――左様《さよう》さ、広さは三里四方も有ましょうか、秣《まくさ》に適した灌木《かんぼく》と雑草とが生茂《おいしげ》って、ところどころの樹蔭《こかげ》には泉が溢《あふ》れ流れているのです。ここへ集るものは、女ですら克《よ》く馬の性質を暗記している位。男が少年のうちからして乗馬の術に長《た》けているのは、不思議でもなんでも有ません。土地の者の競馬好と来ては――そりゃあ、もうこの手合が酒好なと同じように。
 こういう土地柄ですから、女がどんな労働をしているか、大凡《おおよそ》の想像はつきましょう。男を助けて外で甲斐々々《かいがい》しく働く時の風俗は、股引《ももひき》、脚絆《はばき》で、盲目縞《めくらじま》の手甲《てっこう》を着《は》めます。冠《かぶ》りものは編笠です。娘も美しいと言いたいが、さて強いと言った方が至当で、健《すこやか》な活々《いきいき》とした容貌《おもざし》のものが多い。
 海の口村が産馬地《うまどこ》という証拠には、一頭や二頭の家養をしないものは無いのでも知れましょう。
 何がこ
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