の御手套《おてぶくろ》を挙げて一々御挨拶が有りました。御附の人々、大佐、知事、馬博士などは車、参事官、郡長、郡書記、その他の官吏は徒歩《かち》、つづいて「ファラリイス」の駒三十四頭、牝馬二百四十頭、牡馬の群は最後に随《したが》いました。三百頭余の馬匹が列をつくって、こうして通りますのは人目を驚かす程の盛観でした。紫の旗をかざして、凱歌《がいか》を揚げて帰る樺の得意は、どんなでしたろう。さもさも勿体振《もったいぶ》って、いやに反身《そりみ》になって、人を軽蔑《けいべつ》したような目付をしながら、意気揚々と灰色の馬に跨った様は――いやもう小癪《こしゃく》に触って、二目と見られたものじゃない、とまあ、源は思うのでした。拝むような娘の群の視線はこの若者の横顔に注《あつま》りました。全く、源は業《ごう》が沸《に》えて、この男の通るのを見ていられません。嫉妬は一種の苦痛です。源は自分の馬の側に仆《たお》れて、恥かいた額を草の中に埋《うず》めました。
 疲労と失望とで悶え苦んでいた源が、むっくと起上った頃は――もう人々も帰って了った。居残る人足は腰を曲《こご》めて御仮屋を取片付ける最中。幕は畳み、旗
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