が起る。樺はたしかに最後の筈《はず》。しかし、その樺が今まで加え惜んでいた鞭を烈しくくれて、衰えて来た前駆の隙《すき》を狙《ねら》ったから堪りません。見る見る赤を抜き、紫を抜きました。馬博士は帽子を掴潰《つかみつぶ》して狂人《きちがい》のように振回す。樺は奮進の勢に乗って、凄《すさま》じく土塵《つちぼこり》を蹴立てました。それと覚った源が満身の怒気は、一時に頭へ衝きかかる。如何《いかん》せん、樺は驀地《まっしぐら》。馬に翼、翼に声とはこれでしょう。忽《たちま》ち閃電《いなずま》のように源の側を駆抜けて了いました。
 必勝を期していた源の失望も思いやられます。勝利の旗は樺の手に落ちました。それは文字を白く染抜いた紫の旗で、外に記念の賞を添えまして、殿下の御前《おんまえ》、群集の喝采《かっさい》の裡《なか》で、大佐から賜ったのでした。源の目は嫉妬《しっと》の為に輝いて、口唇は冷嘲《あざわら》ったように引|歪《ゆが》みました。今は誰一人源を振返って見るものがないのです。殿下は御|機嫌《きげん》麗しく、人々に丁寧な御言葉を賜りまして、御車に召させられました。御通路の左右に集る農夫の群にすら、白
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