揚る黄色い土烟《つちけむり》の中に、紫と白とがすれすれに並び進んで、乗迫って来たのを認めたばかり。懼《おそ》るべき灰色の馬頭は塵埃《ほこり》に隠れて見えませんのでした。驚破《すわや》、白は紫を後に残して、真先に進む源をも抜かんとする気勢《けはい》を示して、背後に肉薄して来た。「青」、「白」の声は盛に四方から起る。源も、白も、馬に鞭《むちう》って進みました。競馬好きな馬博士は、「そこだ、そこだ」とばかりで、身を悶《もだ》えて、左の手に持った山高帽子の上へ頻《しきり》と握拳《にぎりこぶし》の鞭をくれる。大佐は薄鬚《うすひげ》を掻※[#「※」は「てへん+劣」、77−9]《かきむし》りました。今、源は百間ばかりも進んだのでしょう。馬は泡立つ汗をびっしょり発《かい》て、それが湯滝のように顔を伝う、流れて目にも入る。白い鼻息は荒くなるばかりで、烈しく吹出す時の呼吸に、やや気勢の尽きて来たことが知れる。さあ、源は激《あせ》らずにおられません。こうなると気を苛《いら》って妄《やたら》に鞭を加えたくなる。馬は怒の為に狂うばかりになって、出足が反《かえっ》て固くなりました。遽《にわか》に「樺、樺」と呼ぶ声
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