どうも北村君には一杯|嵌《は》められました。子供をお腹に持っているというから、その積りで引き取ったら、子供があるんではなかった」と私に話して、笑った事があった。北村君は又芝公園へ移ったが、其処《そこ》は紅葉館の裏手に方《あた》る処で、土地が高く樹木が欝蒼とした具合が、北村君の性質によく協《かな》ったという事は、書いたものの中にも出ている。あの芝公園の家は余程気に入ったものと見えて、彼処で書いたものの中には、懐しみの多いものが沢山出来た。『星夜』というものを書いたのもあの林の中だ。短い冥想の記録のようなもので、彼処で書いたものには、私の好きなものが沢山ある。意地の悪い鳥が来て高い梢の上で啼くのを聞いて、皮肉屋というものが、文壇にばかりいると思ったら、こんな処にもいた、というような事を書きつけた事があったが、斯ういう軽い気分を持つ事が出来たほど、彼処の住居《すまい》は楽しかったのであろうと思う。彼処から奥州の方へ旅をして、帰って来て、『松島に於て芭蕉翁を読む』という文章を発表したが、その旅から帰る頃から、自分でも身体に異状の起って来た事を知ったと見えて、「何でも一つ身体を丈夫にしなくちゃな
前へ
次へ
全19ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング