を建てて、遠い人を迎えたためしもある。今度の使節の上京はそれとは全く別の場合で、異国人のために建春門を開き、万国公法をもって御交際があろうというのだから、日本紀元二千五百余年来、未曾有《みぞう》の珍事であるには相違なかった。
しかし、京都側として責任のある位置に立つものは、ただそれだけでは済まされない。正直一徹で聞こえた大原三位重徳《おおはらさんみしげとみ》なぞは、一度は恐縮し、一度は赤面した。先年の勅使が関東|下向《げこう》は勅諚《ちょくじょう》もあるにはあったが、もっぱら鎖攘《さじょう》(鎖港攘夷の略)の国是《こくぜ》であったからで。王政一新の前日までは、鎖攘を唱えるものは忠誠とせられ、開港を唱えるものは奸悪《かんあく》とせられた。しかるに手の裏をかえすように、その方向を一変したとなると、改革以前までの鎖攘を唱えたのは畢竟《ひっきょう》外国人を憎むのではなくして、徳川氏を顛覆《てんぷく》するためであったとしか解されない。もとより朝廷において、そんな卑劣な叡慮《えいりょ》はあらせられるはずもないが、世間からながめた時は徳川氏をつぶす手段と思うであろう。御一新となってまだ間もない。か
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