政治を執って来たものを、われわれはにわかに逆賊とは見なしたくない。まして慶喜はこれまで政権を執ったばかりでなく、過去三世紀にもわたってこの国の平和を維持した徳川の旧《ふる》い事業に対しても感謝されていい人だ。彼が江戸の方へにげ帰ったあとで、彼に謁見《えっけん》した外国人もあるが、いずれも彼の温雅であって貴人の体を失わないことをほめないものはない。今こそ徳川は不幸にして浮き雲におおわれているが、全く滅亡する事は惜しい、そう多くのものは言っている。しかし、彼慶喜がこの国にあっては、もとより凡庸の人でないことは自分も知っている。彼が自分ら外国人に対してもつねに親友の情を失わないのは不思議もない。」
フランス公使ロセスが徳川に寄せる同情は、言葉のはしにも隠せないものがあった。そこには随行員以外に、だれも公使のつかうフランス語を解するものはいなかった。それでもカションは周囲を見回してその狭い廊下を行きつ戻《もど》りつしながら、公使のそばを立ち去りかねていた。
五
三国公使参内のうわさは早くも京都市民の間に伝わった。往昔、朝廷では玄蕃《げんば》の官を置き、鴻臚館《こうろかん》
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