年の春ごろじゃなかったか。あれから一年にもなる。もっと早く諸事進行しなかったものか。」と言い出したのは寿平次だ。
「そんな、兄さんのような。」とお民は承《う》けて、「そりゃ、話がまとまるとすぐ伊那の方へ手紙を出して、結納《ゆいのう》の小袖《こそで》も、織り次第、京都の方へ染めにやると言ってやったくらいですよ。ごらんなさいな、織って、染めて、それから先方へ送り届けるんじゃありませんか。」
「いや、なかなか男の言うような、そんな無造作なわけにいかすか。まず織ることからして始めにゃならんで。」とおばあさんも言葉をはさんだ。


「おれに言わせると、」とまた寿平次が言い出した。「この話は、すこし時がかかり過ぎたわい。もっとずんずん運んでしまうとよかった。娘が泣いてもなんでも、皆で寄ってたかって、祝っちまう――まずそれが普通さ。そのうちにはかわいい子供もできるというものだね。」
「お粂はことし幾つになるえ。」とおばあさんはお民にきく。
「あの子も十八になりますよ。」
「あれ、もうそんなになるかい。」と言って、おばあさんはお民の顔をつくづくと見て、「そうだろうね、吉左衛門さんの三年がとっくに来たか
前へ 次へ
全419ページ中406ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング