、人情、物産なぞを知るに努めたかは、ケンペルのようなオランダ人のありのままな旅行記が何よりの証拠だ。彼の目に映った日本人は義烈で勇猛な性質がある。多くの人に知られないような神仏のごときをもなおかつ軽《かろ》んずることをしない。しかも一度それを信奉した上は、頑《がん》としてその誓いを変えないほどの高慢さだ。もしそれこの高慢と闘争を好むの性癖を除いたら、すなわち温和|怜悧《れいり》で、好奇心に富んでいることもその比を見ない。日本人は衷心においては外国との通商交易を望み、中にもヨーロッパの学術工芸を習得したいと欲しているが、ただ自分らを商賈《しょうこ》に過ぎないとし、最下等の人民として軽んじているのである。おそらくこれは嫉妬《しっと》と不信とに基づくことであろうから、この際|友誼《ゆうぎ》を結んで百事を聞き知ろうとするには、まずその心を収攬《しゅうらん》するがいい。貨幣の類《たぐい》などは惜しまず握らせ、この国のものを欺《だま》し、この国のものを尊重し、それと親通するのが第一である。ケンペルはそう考えて、自分に接近する人たちに薬剤の事や星学なぞを教授し、かつ洋酒を与え、ようやくのことで日本人
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