りでなく、生前吉左衛門の目をかけてやったような小前のものまでが招かれた。
 時間を正確に守るということは、当時の人の習慣にない。本陣から下男の佐吉を使いに走らせても、なかなか時間どおりには客が集まらなかった。泊まりがけで来ている寿平次夫婦、得右衛門、それに勝重なぞは今一夜を半蔵のもとに送って行こうとしている。夕方から客を待つ間、半蔵は寿平次と二人《ふたり》で奥の間の外の廊下にいて、そろそろ薄暗い坪庭を一緒にながめながら話した。
 その時になって見ると、葬られて行くものは、ひとり半蔵の父ばかりではなかった。あだかも過ぐる安政の大地震が一度や二度の揺り返しで済まなかったように、あの参覲交代制度の廃止を序幕として、一度大きく深い地滑《じすべ》りが将軍家の上に起こって来ると、何度も何度も激しい社会の震動が繰り返され、その揺り返しが来るたびに、あれほどの用心深さで徳川の代に仕上げられたものが相継いで半蔵らの目の前に葬られて行きつつある。
 時には、半蔵は家のものに呼ばれて、寿平次のそばを離れることもある。街道を走って来る七里役(飛脚)はいろいろな通知を彼のもとに置いて行く。金札不渡りのため、福島
前へ 次へ
全419ページ中383ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング