かなかったくらいだ。やがて、あちこちと気を配る清助のさしずで、新しい墓標も運ばれて来て、今は遺骸を葬るばかりになった。
鍬《くわ》をさげて埋葬の手伝いに来ている出入りの者の間には、一しきり寝棺をそばに置いて、どっちの方角を頭にしたものかとの百姓らしい言葉の争いもあった。北枕とも言い伝えられて来たところから、これは北でなければならないと言うものがある。仏葬から割り出して、西、西と言うものがある。墓地は浅い谷をへだてて村の裏側を望むような傾斜の地勢にあったから、結局、その自然な位置に従うのほかはなかった。
「さあ、細引《ほそびき》の用意はいいか。」
「皆しっかり手をかけろ。」
こんな声が人々の間に起こる。
寝棺は静かに土中に置かれた。鍬を手にした佐吉らのかける土は崩《なだ》れ落ちるように棺のふたを打った。おまんから孫の正己までが投げ入れる一塊《ひとくれ》ずつの土と共に、親しいものは寄り集まって深く深く吉左衛門を埋めた。
その葬式のあった晩は、吉左衛門に縁故の深かった人たちが半蔵の家の方に招かれた。青山の家例として、その晩の蕎麦振舞《そばぶるまい》には、近所の旦那衆が招かれるばか
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