尋ね、孫たちをそばへ呼び寄せて放さなかったが、それが最後の日であったことを語った。父はお家流をよく書き、書体の婉麗《えんれい》なことは無器用な彼なぞの及ぶところでなかったが、おそらくその父の手筋は読み書きの好きなお粂の方に伝わったであろうとも語った。父はまた、美濃派の俳諧《はいかい》の嗜《たしな》みもあったから、臨終に近い枕《まくら》もとで、父から求めらるるままに、『風俗文選《ふうぞくもんぜん》』の一節を読み聞かせたが、さもあわれ深く父はそれを聞いていて、やがて、「半蔵、おれはもう行くよ」との言葉を残したとも語った。
伊之助は言った。
「そう言えば、吾家《うち》の隠居(金兵衛)もこんなことを言っていましたっけ――いつぞや吉左衛門さんが上の伏見屋へお訪《たず》ねくだすって、大変に長いお話があった。あの時自分は気もつかなかったが、今になって考えて見ると、あれはこの世のお暇乞《いとまご》いにおいでくだすったのだわいッて。」
吉左衛門の遺骸が本陣の門口まで運び出されたのは、翌日の午後であった。寺まで行かないものはその門口で見送るように、と呼ぶ清助の声が起こる。そこには近所のかみさんや婆
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