を走らせ、伊之助にも同行のよろこびを分けようとした。伊之助は上の伏見屋の方にいて、そのために手間取れたと言いわけをしながら、羽織袴《はおりはかま》でやって来た。
「若先生です。」
 その引き合わせの言葉を聞くと、日ごろ半蔵のうわさによく出る平田先生の相続者とはこの人かという顔つきで、伊之助も客に会釈《えしゃく》した。
 一同中津川行きのしたくができた。そこで、出かけた。師鉄胤のうわさがいろいろと出ることは、半蔵の歩いて行く道を楽しくした。こんな際に、中央の動きを知ることは、彼にとっての何よりの励ましというものだった。彼は延胤一行の口から出ることを聞きもらすまいとした。過ぐる年の十月十三日に旧江戸城にお着きになった新帝にもいったん京都の方へ還御《かんぎょ》あらせられたと聞く。それは旧冬十二月八日のことであったが、さらに再度の東幸が来たる三月のはじめに迫っている。それを機会に、師鉄胤もお供を申し上げながら、一家をあげて東京の方へ移り住む計画であるという。延胤が旅を急いでいるのもそのためであった。飽くまで先師の祖述者をもって任ずる鉄胤の方は参与の一人として、その年の正月からは新帝の侍講に進み
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