られれば押えられるほど、奢《おご》りも増長して、下着に郡内縞《ぐんないじま》、または時花《はやり》小紋、上には縮緬《ちりめん》の羽織をかさね、袴《はかま》、帯、腰の物までそれに順じ、知行取《ちぎょうと》りか乗り物にでも乗りそうな人柄に見えるのをよいとした時代もあったのである。
さすがに二代目の桝田屋惣右衛門《ますだやそうえもん》はこれらの人たちの中ですこし毛色を異にしていた。幕府時代における町人圧迫の方針から、彼らの商業も、彼らの道徳も、所詮《しょせん》ゆがめられずには発達しなかったが、そういう空気の中に生《お》い立ちながらも、この人ばかりは百姓の元を忘れなかった。すくなくも人々の得生ということを考え、この生はみな天から得たものとして、親先祖から譲られた家督諸道具その他一切のものは天よりの預かり物と心得、随分大切に預かれば間違いないとその子に教え、今の日本の宝の一つなる金銀もそれをわが物と心得て私用に費やそうものなら、いつか天道へもれ聞こえる時が来ると教えたのもこの人だ。八十年来の浮世の思い出として、大きな造り酒屋の見世先《みせさき》にすわりながら酒の一番火入れなどするわが子のために
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