ほうらいや》、梅屋、その他の分家に当たる馬籠町内の旦那衆の中から出、二十五軒ある旧《ふる》い御伝馬役の中からも出た。もともと町内の旦那衆とても根は百姓の出であって、最初は梅屋の人足宿、桝田屋の旅籠屋《はたごや》というふうに、追い追いと転業するものができ、身分としては卑《ひく》い町人に甘んじたものであるが、いつのまにかこれらの人たちが百姓の上になった。かつて西の領地よりする参覲交代《さんきんこうたい》の諸大名がまださかんにこの街道を往来したころ、木曾《きそ》寄せの人足だけでは手が足りないと言われるごとに、伊那《いな》の谷に住む百姓三十一か村、後には百十九か村のものが木曾への通路にあたる風越山《かざこしやま》の山道を越しては助郷の勤めに通《かよ》って来たが、彼ら百姓のこの労役に苦しみつつあった時は、むしろ宿内の町人が手に唾《つば》をして各自の身代を築き上げた時であった。中には江戸に時めくお役人に取り入り、そのお声がかりから尾州侯の御用達《ごようたし》を勤めるほどのものも出て来た。どうして、これらの人たちが最下等の人民として農以下に賤《いや》しめられるほどの身分に満足するはずもない。頭を押え
前へ 次へ
全419ページ中328ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング