覚え書きを綴《つづ》り、桝田屋一代目存生中の咄《はなし》のあらましから、分家以前の先祖代々より困窮な百姓であったこと、当時何不足なく暮らすことのできるようになったというのも全く先祖と両親のおかげであることを語り、人は得生の元に帰りたいものだと書き残したのもこの人だ。亭主《ていしゅ》たる名称を継いだものでも、常は綿布、夏は布羽織、特別のおりには糸縞《いとじま》か上は紬《つむぎ》までに定めて置いて、右より上の衣類等は用意に及ばない、町人は内輪に勤めるのが何事につけても安気《あんき》であると思うと書き残したのもまたこの人だ。この桝田屋の二代目惣右衛門は、わが子が得生のすくないくせに、口利口《くちりこう》で、人に出過ぎ、ことに宿役人なぞの末に列《つら》なるところから、自然と人の敬うにつけてもとかく人目にあまると言って、百姓時代の出発点を忘れそうな子孫のことを案じながら死んだ。しかし、三代目、四代目となるうちには、それほど惣右衛門父子が馬籠のような村にあって激しい生活苦とたたかった歴史を知らない。初代の家内が内職に豆腐屋までして、夜通し石臼《いしうす》をひき、夜一夜安気に眠らなかったというような
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