。おそらくこの不幸な勤王家はこんな全国統一の日の来たことすら知るまいとの話もある。
時代の空気の薄暗さがおよそいかなる程度のものであったかは、五年の天井裏からはい出してようやくこんな日のめを見ることのできた水戸《みと》の天狗連《てんぐれん》の話にもあらわれている。その侍は水戸家に仕えた大津地方の門閥家で、藤田《ふじた》小四郎らの筑波組《つくばぐみ》と一致の行動は執らなかったが、天狗残党の首領として反対党からしきりに捜索せられた人だ。辻々《つじつじ》には彼の首が百両で買い上げられるという高札まで建てられた人だ。水戸における天狗党と諸生党との激しい党派争いを想像するものは、直ちにその侍の位置を思い知るであろう。筑波組も西に走ったあとでは彼の同志はほとんど援《たす》けのない孤立のありさまであった。襲撃があるというので、一家こぞって逃げなければならない騒ぎだ。長男には家に召使いの爺《じい》をつけて逃がした。これはある農家に隠し、馬小屋の藁《わら》の中に馬と共に置いたが、人目については困るというので秣《まぐさ》の飼桶《かいおけ》をかぶせて置いた。夫人には二人《ふたり》の幼児と下女を一人《ひとり
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