脚絆草鞋《きゃはんわらじ》ばきで、左の肩の上の錦《にしき》の小片《こぎれ》に官軍のしるしを見せたところは、実地を踏んで来た人の身軽ないでたちである。この人が荒町《あらまち》の禰宜《ねぎ》だ。腰にした長い刀のさしかたまで、めっきり身について来た松下千里だ。
 千里は組頭庄助その他の出迎えのものに伴われて、まず本陣へ無事帰村の挨拶《あいさつ》に寄り、はじめて吉左衛門の病気を知ったと言いながら会所へも挨拶に立ち寄ったのであった。
「ヨウ、禰宜さま。」
 その声は、問屋場の方にいる栄吉らからも、会所を出たりはいったりする小使いらの間からも起こった。軍帽もぬぎ、草鞋の紐《ひも》もといて、しばらく会所に休息の時を送って行く千里の周囲には、会津戦争の話を聞こうとする人々が集まった。その時まで店座敷に話し込んでいた寿平次や得右衛門までがまたそこへすわり直したくらいだ。
 さすがに千里の話はくわしい。この禰宜が越後口より進んだ一隊に付属する兵粮方《ひょうろうかた》の一人として、はじめて若松城外の地を踏んだのは九月十四日とのことである。十九日未明には、もはや会津方の三人の使者が先に官軍に降《くだ》った米沢
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