福島の関所を預かって来たあの旦那様にも、もはや大勢《たいせい》のいかんともしがたいことを知る時が来て、太政官《だじょうかん》からの御達《おたっ》しや総督府からの催促にやむなく江戸屋敷を引き揚げた紀州方なぞと同じように、いよいよ徳川氏と運命を共にするであろうかと思わせるようなお払い物である。
「どれ、一つ拝見するか。」
金兵衛は寝ながらながめていられない。彼は寝床を離れて、寝衣《ねまき》の上に袷羽織《あわせばおり》を重ね、床の間の方へはって行った。老いてはいるが、しかしはっきりした目で、行燈のあかりに映るその掛け物を伊之助と一緒に拝見に行った。彼は福島の旦那様の前へでも出たように、まず平身低頭の態度をとった。それからながめた。濃い、淡い、さまざまな彩色の中には、夜のことで隠れる色もあり、時代がついて変色した部分もある。
「長くお世話になった旦那様に、金でお別れを告げるようで、なんだか水臭いな。水臭いが、これも時世だ。伊之助――品はよく改めて見ろよ。」
「お父さん、ここに落款《らっかん》が宗紫山《そうしざん》としてありますね。」
「これはシナ人の筆だろうか、どうも宗紫山とは聞いたことがな
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