たしは本陣へお寄り申して来ました。半蔵さんは病人に付きッきりで、もう三晩も四晩も眠らないそうです。今夜もあの人は徹夜でしょう。」
伊之助はそれを養父に言って見せ、やがて山村家のお払い物を金兵衛の枕もとに置いて、平兵衛の話をそこへ持ち出した。これはどうしたものか、とその相談をも持ちかけた。
「伊之助、そんなことまでこのおれに相談しなくてもいいぞ。」
と言いながらも、金兵衛は蒲団《ふとん》から畳の上へすこし乗り出した。平常から土蔵の前の梨《なし》の木に紙袋をかぶせて置いて、大風に落ちた三つの梨のうちで、一番大きな梨の目方が百三匁、ほかの二つは六十五匁ずつあったというような人がそこへ頭を持ち上げた。
「お父さん、ちょっとこの行燈《あんどん》を借りますよ。よく見えるところへ掛けて見ましょう。」
伊之助は代官の生活を連想させるような幅をその部屋の床の間に掛けて見せた。竹に蘭《らん》をあしらって、その間に遊んでいる五羽の鶏を描き出したものが壁の上にかかった。それは権威の高い人の末路を語るかのような一幅の花鳥の絵である。過去二百何十年にもわたってこの木曾谷を支配し、要害無双の関門と言われた木曾
前へ
次へ
全419ページ中303ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング