い。」
「さあ、わたしにもよくわかりません。」
「何にしろ、これは古い物だ。それに絹地だ。まあ、気に入っても入らなくても、頂《いただ》いて置け。これも御恩返しの一つだ。」
「時に、お父さん、これはいくらに頂戴《ちょうだい》したものでしょう。」
「そうさな。これくらいは、はずまなけりゃなるまいね。」
 その時、金兵衛は皺《しわ》だらけな手をぐっと養子の前に突き出して、五本の指をひろげて見せた。
「五両。」
 とまた金兵衛は言って、町人|風情《ふぜい》の床の間には過ぎた物のようなその掛け軸の前にうやうやしくお辞儀一つして、それから寝床の方へ引きさがった。

       三

  雨のふるよな
  てっぽの玉のくる中に、
   とことんやれ、とんやれな。
  命も惜しまず先駆《さきがけ》するのも
  みんなおぬしのためゆえじゃ。
   とことんやれ、とんやれな。

  国をとるのも、人を殺すも、
  だれも本意じゃないけれど、
   とことんやれ、とんやれな。
  わしらがところの
  お国へ手向かいするゆえに。
   とことんやれ、とんやれな。

 馬籠《まごめ》の宿場の中央にある高札場
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