いう報告が来るようになった。そこにひらけたものは、遠く涯《はて》も知らない鎖国時代の海ではなくて、もはや彼岸《ひがん》に渡ることのできる大洋である。木曾あたりにいて、想像する伊之助にとっても、これは多感な光景であった。
「や、これはよいお話だ。半蔵さんにも聞かせたい。」
と伊之助は言って見たが、あいにくと半蔵が会所に顔を見せない。この街道筋の混雑の中で、半蔵の父吉左衛門の病は重くなった。中津川から駕籠《かご》で医者を呼ぶの、組頭《くみがしら》の庄助《しょうすけ》を山口村へも走らせるのと、本陣の家では取り込んでいた。
二
一日として街道に事のない日もない。ともかくも一日の勤めを終わった。それが会所を片づけて立ち上がろうとするごとに伊之助の胸に浮かんで来ることであった。その二、三日、半蔵が病める父の枕《まくら》もとに付きッきりだと聞くことも、伊之助の心を重くした。彼はその様子を知るために、砂利《じゃり》で堅めた土間を通って、問屋場《といやば》の方をしまいかけている栄吉を見に行った。そこには|日〆帳《ひじめちょう》を閉じ、小高い台のところへ来て、その上に手をつき、叔父《
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