たとの話を持って来るのは、一番年の若い蓬莱屋《ほうらいや》の新助だ。そこへ問屋の九郎兵衛でも来て、肥《ふと》った大きなからだで、皆の間に割り込もうものなら、伊之助の周囲《まわり》は男のにおいでぷんぷんする。彼はそれらの人たちを相手に、東海道の方に動いて行く鳳輦を想像し、菊の御紋のついた深紅色の錦《にしき》の御旗《みはた》の続くさかんな行列を想像し、惣萌黄《そうもえぎ》の股引《ももひき》を着けた諸士に取り巻かれながらそれらの御旗を静かに翻し行く力士らの光景を想像した。彼はまた、外国の旋条銃《せんじょうじゅう》と日本の刀剣とで固めた護衛の武士の風俗ばかりでなく、軍帽、烏帽子《えぼし》、陣笠《じんがさ》、あるいは鉄兜《てつかぶと》なぞ、かぶり物だけでも新旧時代の入れまじったところは、さながら虹《にじ》のごとき色さまざまな光景をも想像し、この未曾有《みぞう》の行幸を拝する沿道人民の熱狂にまで、その想像を持って行った。
 十月のはじめには、新帝はすでに東海道の新井《あらい》駅に御着《おんちゃく》、途中|潮見坂《しおみざか》というところでしばらく鳳輦を駐《と》めさせられ、初めて大洋を御覧になったと
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