の京都方の大きな動きである。これはよほどの決心なしに動かれる場合でもない。一方には京都市民の動揺があり、一方には静岡《しずおか》以東の御通行さえも懸念《けねん》せられる。途中に鳳輦《ほうれん》を押しとどめるものもあるやの流言もしきりに伝えられる。東山道方面にいて宿駅のことに従事するものはそれを聞いて、いずれも手に汗を握った。というは、あの和宮様御降嫁当時の彼らが忘れがたい経験はこの御通行の容易でないことを語るからであった。
東海道方面からあふれて来る旅人の混雑は、馬籠《まごめ》のような遠く離れた宿場をも静かにして置かない。年寄役で、問屋後見を兼ねている伏見屋の伊之助は例のように、宿役人一同を会所に集め、その混雑から街道を整理したり、木曾|下《しも》四か宿の相談にあずかったりしていた。七里役(飛脚)の置いて行く行幸のうわさなぞを持ち寄って、和宮様御降嫁当時のこの街道での大混雑に思い比べるのは桝田屋《ますだや》の小左衛門だ。助郷《すけごう》徴集の困難が思いやられると言い出すのは梅屋の五助だ。時を気づかう尾州の御隠居(慶勝《よしかつ》)が護衛の兵を引き連れ熱田《あつた》まで新帝をお出迎えし
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