道のないところに筋道のあるとするが彼の思う百姓の道であった。彼は自分の位置が本陣、問屋、庄屋の側にありながら、ずっと以前にもあの抗争の意気をもって起こった峠の牛方仲間を笑えなかったように、今また千百五十余人からのものが世の中建て直しもわきまえないようなむちゃをやり出しても、そのために彼ら名もない民の動きを笑えなかった。
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     第六章

       一

 新帝東幸のおうわさがいよいよ事実となってあらわれて来たころは、その御通行筋に当たる東海道方面は言うまでもなく、木曾街道《きそかいどう》の宿々村々にいてそれを伝え聞く人民の間にまで和宮様《かずのみやさま》御降嫁の当時にもまさる深い感動をよび起こすようになった。
 慶応四年もすでに明治元年と改められた。その年の九月が来て見ると、奥羽《おうう》の戦局もようやく終わりを告げつつある。またそれでも徳川方軍艦脱走の変報を伝え、人の心はびくびくしていて、毎日のように何かの出来事を待ち受けるかのような時であった。
 もはや江戸もない。これまで江戸と呼び来たったところも東京と改められている。今度の行幸《ぎょうこう》はその東京をさして
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