ツマらんぞなし。食っては、抜け。食っては抜け。それも食って抜けられるうちはまだいい。三月四月の食いじまいとなって見さっせれ。今日どんな稼《かせ》ぎでもして、高い米でもなんでも買わなけりゃならん。」
「そんなにみんな困るのか。困ると言えば、こんな際にはお互いじゃないか。そんなら聞くが、いったい、岩倉様の御通行は何月だったと思う。あの時に出たお救いのお手当てだって、みんなのところへ行き渡ったはずだ。」
「お前さまの前ですが、あんなお手当てがいつまであらすか。みんな――とっくに飲んでしまったわなし。」
粗野で魯鈍《ろどん》ではあるが、しかし朴直《ぼくちょく》な兼吉の目からは、百姓らしい涙がほろりとその膝《ひざ》の上に落ちた。
桑作は声もなく、ただただ頭をたれて、朋輩《ほうばい》の答えることに耳を傾けていた。やがてお辞儀をして、兼吉と共にその囲炉裏ばたを離れる時、桑作は桑作らしいわずかの言葉を半蔵のところへ残した。
「だれもお前さまに本当のことを言うものがあらすか。」
「そんなにおれは百姓を知らないかなあ。」
この考えが半蔵を嘆息させた。過ぐる二月下旬に岩倉総督一行が通行のおりには、
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